実存主義者バタイユ ――『戦後フランス思想』(伊藤直)読書録

ジョルジュ・バタイユの『文学と悪』を楽しく読んでいる。読んではいるが、バタイユが置かれていた状況をもう少し知りたい、そう思い、『戦後フランス思想』(伊藤直、中公新書)を手に取った。バタイユ個人の、いわばタテの流れは『バタイユ入門』と『バタイユ そのパトスとタナトス』でざっくりわかったので、ヨコの、同時代的な広がりやその背景を知りたかったのだ。
本書で著者が扱っているのは、サルトル、カミュ、ボーヴォワール、メルロ・ポンティ、バタイユの五人だが、なんといっても影響力が大きかったのはサルトルだろう。
サルトルは、有名なアンガジュマン(政治的社会参加)や実存主義、といった言葉で有名な作家だが、彼が仲間と創刊した雑誌『現代』の、「創刊の辞」を紹介しつつ、伊藤は当時のフランス人が置かれていた状況を説明している。
サルトルは「創刊の辞」で、「ドイツ軍による占領は、私たちに、私たちの責任を教えてくれた」と述べつつ、作家は「自らの時代のなかに状況づけられている」と明言する。この背景には、作家である自身も含めたあらゆるフランス人が、開戦から敗北を経て、ドイツによるフランス占領へといたる一連の歴史的状況に否応なく拘束される(巻き込まれる)といった、戦時の経験があるのは間違いないだろう(すでに記した通り、戦中のサルトルは召集され、捕虜となり、収容所に送られた)。
『戦後フランス思想』(伊藤直、中公新書、p.33)
第二次世界大戦が勃発し、フランスはドイツと戦闘に入ったが、ほどなく敗北し占領されることになった。しかし、ではフランス人はドイツの占領のまっただ中で、まったく自由ではなかったかというとそうではなかった。上の引用の続きによると、サルトルは「ドイツの占領下にあったときほど、自由であったことはなかった」のだ。
とはいえ、「創刊の辞」の前年に発表された評論では、「私たちはドイツの占領下にあったときほど、自由であったことはなかった」ともサルトルは記していた。きわめて逆説的なこの文言は、占領下でも抵抗運動(レジスタンス)に身を投じるか、占領軍の協力者(コラボ)となるか、それとも国外に退避するかなどの、能動的な選択の自由が各人に残されていたことを物語っている。裏返せば、いずれかの選択を迫られるような厳しい状況のなかに拘束されていればいるほど、能動的な選択の必要性が浮き彫りになるとも言える。
『戦後フランス思想』(伊藤直、中公新書、p.33)
もちろん、ドイツ占領下でも自由だ、嬉しいといった話ではない。それどころか、ここで語られている「自由」は、自らの力で考えて自分の身の振り方に結論を出さなければならない、のっぴきならない自由のことを語っている。このような自由は、伊藤氏によれば「終わりなき刑罰の同義語」であると言う。
とはいえ、サルトルが語る自由とは、終わりなき刑罰の同義語でもあることは銘記すべきだろう。人間にはあらかじめ定められた本質や運命が存在しない以上、根源的に自由であるのだが、それゆえ日々労役を科された受刑囚のように、自分自身を、自分の人生を、休むことなく選択し、自らの手で作りあげていかなければならない。『存在と無』によれば、人間は「自由という刑に処せられている」のだ。
『戦後フランス思想』(伊藤直、中公新書、p.27)
「人間にはあらかじめ定められた本質や運命が存在しない」というのがサルトルの実存主義の有名な「実存は本質に先立つ」の、わかりやすい言い換えだ。あらかじめ定められた本質や運命は存在しない、だからこそ人間は日々自分で選択を繰り返して自己を作り出しているのだ、そうせざるを得ないのだ、というわけだ。自分で選択を繰り返してきたわけだから、その選択の責任は他者に転嫁することはできない。伊藤がサルトルの言葉を引きながら言うように、「「人間は最初は何ものでも」なく、「自らが作ったところのものになる」のであれば、生まれながらの悪人は存在せず、悪事の理由を育った環境のせいにもできないだろう。あくまで自由意思に基づき悪行を積み重ねてきたからこそ、悪人になったわけだから、自らの行為によって作り出した自己に対する責任を常に引き受けなければならない」(p.28)。
短く言えば、選択の自由と、それに伴う自己責任。これはべつにわざわざ強調して言われるほどのことのようには思われないかもしれない。現代だってそうじゃないか、言論の自由や思想信仰の自由、行動の自由が認められているかわりに、自分のやることは自己責任でやるんだぞと言われるじゃないか、と。
しかし、サルトルが選択の自由とそれに伴う自己責任を強調しているのが、まさに第二次世界大戦が終わり、ドイツによる占領が解けたその時からだというのが、ポイントになってくるのではないか。
本書で取り上げられた五人は、すべて対独抵抗運動(レジスタンス)の側にいた作家や思想家たちだった。占領軍の協力者(コラボ)の人たちは戦後に裁かれ、処刑された人さえいた。先のサルトルの論理で言うなら、占領軍の協力者の人々は、ナチドイツに協力した責任を戦後に問われた。しかしあくまでその協力の責任は彼ら自身の選択にかかるものであって、よそに転嫁できるものではないことになるだろう。私はサルトルを紹介する第一章を読みながら、これは裁きの論理を説明しているのではないかと思った。
同じ実存主義の作家と目されながらも、まったく別様な様相を呈する作家が、第二章で扱われるカミュだ。『シーシュポスの神話』を引きながら伊藤が解説するように、彼は「反抗」の作家である。
人間は生れながらに死を課された死刑囚だが、こうした不条理な(=矛盾した)人間の条件を引き受け、「上訴せずに生きること」は可能なのか。来世や魂の不滅といった宗教的な希望にすがることなく、はかない地上の生を人間はまっとうできるのか。それとも人生の無益さゆえに自殺すべきなのか。(中略)カミュによれば、哲学が真っ先に扱うべきはこうした問いなのであって、それ以外の問題は二次的な「遊戯」である(裏返せば、これまでの哲学は二次的な「遊戯」に耽っていたと言わんばかりである)。
『戦後フランス思想』(伊藤直、中公新書、p.53)
『異邦人』の第二部の終わりも終わりの部分で、判決が下されたムルソーが独房にやってきた司祭と交わす場面は、まさに上記の問題を彷彿とさせる。「神を信じていない」と繰り返すムルソーに司祭が問いかけるのは、たとえば以下のようなことだ。
このとき、彼の手がいらいらした仕ぐさを示したが、彼はからだを起こして、その法衣の皺を直した。やり終えると、私を「友よ」と呼んで、話しかけて来た。彼がこのように私に語りかけるのは、私が死刑囚だからではない。われわれはすべて死刑囚なのだ、と彼はいった。しかし、私は彼の言葉をさえぎって、それは同じことではない、のみならずそれはどんな場合にも慰めとはなりえない、といった。「確かにそうです」と彼は、同意した。「しかし、あなたはじきに死なないとしても、遠い将来には死ななければならない。そのときには同じ問題がやって来るでしょう。この恐ろしい試練に、どうして近づいて行けるでしょうか?」現に、私が近づいているように、正確に近づいて行けるだろう、と私は答えた。
「上訴せずに生きること」、それは神に今まで犯してきた罪を告白し、「私は改悛しました!どうか私をお許しになって、天国に入れてください!」とでも言うことだろう。『異邦人』では、司祭が死刑囚ムルソーに「神を信じるか」と問いかける極端なシチュエーションが描かれているが、なにも死刑囚でなくとも、一般のキリスト教圏の人々だって、生前神様などどこ吹く風で生きていても、人生の終わりごろには神に許しを請い、死の床に就くだろう。それは自分に訪れる死を受け入れるための通過儀礼にほかならない。現代日本でも主に仏教を、あるいはその他の宗教を通してこういうことは行われているが、それは、どこの国のどの時代の人間であろうと、死ぬのは怖いことだからにほかならない。しかし、人間は必ず死ぬ。わざわざ書くのも馬鹿らしいくらいだが――、誰も訪れる死からは逃れられない。それが「生まれながらの死刑囚」という「不条理」だと言われているわけだが、カミュが問題にしていたのは、「来世や魂の不滅といった宗教的な希望にすがることなく」、そんな不条理で「はかない地上の生を人間はまっとうできるのか」だった。そして、できるというのがカミュの答えだ。そこで重要になるのが、「反抗」という態度だというのだ。再び『シーシュポスの神話』を引きつつ、伊藤氏はカミュの考えを以下のように説明する。
まず、死は不可避の宿命であり真理であるのだから、眼をそむけることなく死を見据えねばならない。とはいえ、死を理に適ったものとして受け入れることはできないし、死を自然の摂理として擁するこの世界も容認できない。だから、世界と人間とのあいだには矛盾や対立が、すなわち不条理が生じざるを得ないのだが、ここで論点が逆転される。「生きること、それは不条理を生きさせることだ」というように、不条理の解消を目論むのではなく、むしろ積極的に不条理を維持し、世界との対立姿勢を保ちながら生きることが推奨される。
こうして、自殺と不条理をめぐる推論からカミュが引き出す結論は、死の受諾=自殺ではなく、死への意識的反抗だ。「反抗は世界を毎秒毎秒問題にする」というように、死を自然の秩序として有する地上世界に対して、刻一刻と繰り返される不断の闘争である。
『戦後フランス思想』(伊藤直、中公新書、pp.53-54)
この地上世界との矛盾や対立=不条理を維持し、それに対して不断の闘争を行うこと。闘争して、死に反抗すること。これが、ひとまずは『戦後フランス思想』から読み取れる、カミュの戦略である。十七歳で肺結核に罹患して死を意識した作家にとっては、「毎秒毎秒」が世界との闘いだった。サルトルが人間の置かれた「自由刑」の状況から、未来の目的に向かって自らを作りあげていく実存主義の作家だったとすれば、カミュはいつ訪れるとの知れない死と闘う反抗の作家だった。ひとまずはそのようにまとめておこう。
ボーヴォワールとメルロ・ポンティについてどのように書かれているかまで書くと長くなりすぎるので、詳細は本書にあたってもらうとして。あらためてバタイユに戻ると、彼が置かれていたのは、このような同時代の状況だった。それを踏まえて、伊藤氏がバタイユについて書いた以下の一節を読むと、バタイユもある種の実存主義者と言えるのかもしれないと思えてくる。
さて、サルトルおよびボーヴォワールの実存主義では、投企とは、これまでの自分に拘束されることなく、未来の自分や目的へ向けて既存の自己を絶えず乗り越えていくという点で、人間の自由のあかしともなっていた。しかしながら、将来手にすべき成果を推測して現在時において行動するというのは、「逆説的な時間の中に存在する方法」であり、「実存を将来に延期することである」とバタイユは批判する。
『戦後フランス思想』(伊藤直、中公新書、p.161)
今現在の自分をどうこうするのではなく、将来困らないために、たとえばお金を貯めておいて、さらに貯金ができたらそれを投資に回して老後に備える……。現代日本の成人だってそれくらいの未来の自分のための行動をして、将来より自由になろうとはするだろう。しかしそれはバタイユに言わせると、今現在の自分の生活を豊かにすることにはつながっていないということになる。バタイユにとって重要なのは今現在の自分が豊かに、楽しく生活できているか、なのだ。すごく卑近な言い方をすればそういうこと。「蕩尽」を自身の思想のキーワードにしたバタイユらしい批判だ(本当は、「階級無き社会」を実現するために色々やっていた人々を批判する文脈があるのだけれど)。
しかし彼も、問題にしているのは、実存を将来に延期することなのだから、逆に言えば、バタイユは実存を将来に延期しない側に立つ人、と言えるはずだ。実存を将来に延期しない実存主義者、バタイユ。私は本書の上記の箇所を読むことで、そのような彼の側面を教えられた。
念のため、以下に伊藤氏が引いた『内的体験』の該当箇所を引用しておく。
結局のところ、私は次のような結論に到達する。つまり、内的体験は行動とは正反対である。それ以上のなにものでもない。
「行動」は、完全に企ての支配下にある。そして重大なことに、推論的思考そのものが、企てという実存様式に巻き込まれているのだ。推論的思考は、行動に巻き込まれた人間の営為であり、その人間の企てから出発して、企てを考察する次元で彼のなかで生じる企ては、行動が前提とする、行動に必要な実存様式であるばかりではない。それは、逆説的な時間の中に存在する方法なのだ。つまりそれは、実存を将来に延期することである。
『内的体験』(ジョルジュ・バタイユ、江澤健一郎訳、河出文庫、p.106)
もう一か所、『内的体験』をパラパラっとめくってたまたま目に入った、「実存主義者バタイユ」っぽい箇所も引用して備忘録にしておこう。
内的運動がもたらす至福感のなかで、実存は安定している。その安定は、息切れしながら対象を長い間むなしく追い求めるなかで失われる。対象は、恣意的な自己の投影である。しかし自我は、この点を、自分の根源的な同類を、必然的に自分の前に見すえる。自我は、愛のなかでなければ自分の外に出られないからである。そして彼が非ー愛にたどり着くのは、ひとたび自分の外に出てからなのだ。
しかし実存は、まさにごまかしなしに、自分を解放する「点」に不安定さと不安のなかで到達する。あらかじめこの点は、自我の前に可能なものとして存在しているのであり、体験はそれなしで済ますことはできない。点の投影において、内的運動はルーペの役割を果たす。そのルーペは、光をとても小さな家事の火元に集中させるのだ。ただこのような集中においてこそ――そしてその集中を超えて――、実存は「自分がなんであるのか」を、実存という苦痛に満ちた交流の運動を、内的な輝きという形で見出すことができるのである。その交流の運動は、外から内に向かうのと同じくらい内から外へ向かう。そしておそらく、問題となるのは恣意的な投影であるが、実存がもはや自分のなかに自閉した粒子ではなくなり、消滅する生の波となるやいなや、そうして現れるのは実存の深淵な客観性なのである。
『内的体験』(ジョルジュ・バタイユ、江澤健一郎訳、河出文庫、pp.248-249)
自身の内的体験を、「実存」の言葉を使って説明している箇所だと思われる。
彼によれば、「内的運動」(≒内的体験)のなかで対象=恣意的な自己の投影を追い求めることで、人は自身を解放する「点」に到達する。その「点」に到達する運動のなかで、人は「自分がなんであるのか」、すなわち実存を見出す。いったん何者かに自分を投影して、そうして結果的にいったん自分から出ていく運動を通さなければ、自分が本当はなんであるのかはわからないのだ、と言っているように、私には思われる。自分が本当はなんであるのか、すなわち「実存の深淵な客観性」には、そうやって到達するんだと言っていると思われる……。
このように、内的体験を重ねる形で、バタイユもある意味、実存主義者と言えるのではなかろうか。私が『戦後フランス思想』を読んで思い至ったのは、そのような、「将来」や「目的」を思い、今現在の時間をそれらに役立てようとするのとは程遠い、むしろ今現在の自分、そのただ一点を追求する、実存主義者、すなわち内的体験主義者バタイユなのだった。