舟橋純の控え帖

まずノートだ、そこに見たもの、思ったことのすべてを書き入れる。そののちに分類して秩序づけ書き写せばいい。思考の簿記であって、そうすれば物事の関連性と、そこから生じる解明とが、きちんとした表現を見るだろう。(『リヒテンベルク先生の控え帖』より)。そういうブログです。

光を与える ――『新川和江詩集』(ハルキ文庫)読書録

  

 他人の気持ちを考えて行動しなさい、とはよくよく言われることではあるものの、他人の気持ちなど、そう簡単にわかるものではない。だからこそ言葉によるコミュニケーションが大事、などというと、実にありきたりな話になってしまう。

 けれどもこれが、雪の気持ちになる、ということなら、どうだろう?新川和江が教えてくれるのは、まさにその雪の気持ちである。

 しゅうてん

 ちいさな子供がおねんねしている

 おうちの屋根がしゅうてんだったらいいのにな

 と 思いながら

 雪ははるばる

 たかい空から 旅してくるのです

 

 でも

 思いどおりにはならなくて

 ついたところは

 木のてっぺんだったり

 氷(こお)った川の上だったり

 さびしい野原のはずれだったり……

 

 雪はだまって

 泣きたい思いをこらえながら

 子供が夢をみているへやの

 窓のあかりを ひとばんじゅう

 遠くから じっと

 みつめているのです

新川和江詩集』(ハルキ文庫、pp.204-205)

 詩人は雪の気持ちを伝えるようでありながら、読者を最後の連で雪自体の視点に誘導する。本当は子どものいるところまでたどり着きたかったその雪の気持ちが、まるで伝わってくるようではないか。というか、自分が雪になって、その子どもの部屋を見つめているかのような、そんな気持ちが。

 (そういえば、宮崎駿監督の『となりのトトロ』にも、最後に似たようなシーンが出てきていたのを思い出した。『となりのトトロ』の場合には、病院にいるお母さんに、サツキとメイがトウモロコシを届けたあと、木の枝の上に腰かけて、お母さんの様子を見ていたのではなかったっけ……? あんな感じですよね)

 この『新川和江詩集』(ハルキ文庫)に北畑光男氏が寄せた解説に、「植物や動物、山や川などの自然を自分と一体化させて書く手法は新川さんの詩の特質である」とあり、たしかに、この詩集には随所にそれを感じさせる詩が見られる。北畑氏は「それは簡単に擬人法で片付けられない深さをもっている」とも書いているが、私もそう思う。

何かを自然に擬して語るというよりも、自然と自分とをイメージの上で重ね合わせるように語っているところが多い。擬人法と言えなくもないのだけれども、少し違うような気がする。うまく言えないのだけれども、次の詩を読んでみてほしい。

 シーサイド・ホテル

 あんなに塩からい水のなかに棲(す)んでいたのに

 活(いけ)づくりの鯛の刺身の仄かなあまさ

 

 海中で死に

 いくにちも波間に漂っていた魚を

 食べたことはないが

 

 それはきっと

 きつい塩気が舌を刺すのにちがいない

 鰓(えら)が動きを止めた瞬間から

 魚の体内への

 海の浸蝕がはじまるのであろうから

 

 ベッド・サイドの灯りをつけておくと

 光がとどくあたりまで

 海はおとなしく退いている

 だが スイッチを切ると

 機会(おり)を狙っていた巨獣のように

 海は闇ごと どっと雪崩れこんでくる

 潮騒が室内に充ちる

 

 わたしの肉は

 まだ 少しは あまいだろうか

 それとももう かすかに塩あじがしているか……

 釣りびとの鉤(はり)も

 神の菜箸もとどかぬ昏(くら)い海の底で

 ひとり 身を横たえている夜

新川和江詩集』(ハルキ文庫、pp.153-155)

 ベッド・サイドで、灯りを消して身を横たえている詩人は、聞こえてくる潮騒のなかで、「海中で死に いくにちも波間に漂っていた魚」と詩人自身を対比して、イメージの上で重ねあわせている。そうすることによって、わたしには、ベッドに身を横たえている詩人自身の、静かな気持ちが伝わってくるように感じる。

 最初の連で、死んですぐ調理された鯛の味はほのかにあまかったと言っているのだから、「生きている身=あまい/死んだ身=塩からい」という対立が成り立っている。それを受けて詩人は、最後の連で「わたしの肉は まだ 少しは あまいだろうか それとももう かすかに塩あじがしているか……」と、迷いを表明している。潮騒を聞きながらベッドに身を横たえている詩人は、まるで海の底を漂っているかのように、生と死のあわいをゆらゆらしているのだ。こう読んでみると、詩人は擬人法を使っていると言うよりも、イメージを重ね合わせることによって、詩人の感情を浮かび上がらせているように思われるのだ。

 そんな詩人は、さて、詩を書くということ自体をどう考えていたのだろうか。それがうかがえる一篇が収録されているので、読んでみよう。

 詩作

 はじめに混沌(どろどろ)があった

 それから光がきた

 古い書物は世のはじまりをそう記している

 光がくるまで

 どれほどの闇が必要であったか

 混沌は混沌であることのせつなさに

 どれほど耐えねばならなかったか

 そのようにして詩の第一行が

 わたくしの中の混沌にも

 射してくる一瞬がある

 

 それからは

 風がきた 小鳥がきた

 川が流れ出し 銀鱗がはねた

 刳(く)り舟がきた ひげ男がきた はだしの女がきた

 木が生えてみるまに照葉樹林ができた

 犬が走ってきた 驟雨がきた 修行僧がきた

 砂糖壺がきた スズメバチがきた オルガンがきた

 室内履(スリッパ)がきた 白黒まだらのホルスタインがきた

 急行電車がきた…

 

 脈絡もなくやってくるそのものたちを

 牧人のように角笛を吹き

 時にネコヤナギの枝の鞭をするどく鳴らして

 選別し 喩の荷を負わせ

 柵の中に追い込んで整列させる 一日の労役

 それが済むと

 またしても天と地は

 けじめもなく闇の中に溶け込み

 はじまりの混沌にもどる

 だから 光がやってくる最初の日のものがたりは

 千度繙いても 詩を書くわたくしに

 日々あたらしい

新川和江詩集』(ハルキ文庫、pp.191-193)

 詩の発想元はおそらく聖書、ことに「創世記」のことだろう。新約聖書、たとえば「ヨハネによる福音書」だと、「初めに言(ことば)があった」(聖書協会共同訳より)と始まるので、それはこの詩の最初の連の内容と合わない。

 初めに神は天と地を創造された。地は混沌として、闇が深淵の面(おもて)にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。「光あれ。」すると光があった。神は光をみて良しとされた。

『聖書』(「創世記」、聖書協会共同訳、p.1)

 とはいえ内容はあくまでそこを発想元にしているだけで、詩人が関心を寄せるのは、混沌(どろどろ)、もっと言うと、「混沌であることのせつなさ」だ。

 混沌(どろどろ)そのものに詩人自身を重ね合わせる、いやむしろ混沌自身に思いを向けることで、詩人は「混沌であることのせつなさ」を抱くにいたる。それはひるがえって「わたくしの中の混沌」に目を向けることに等しい。詩の第一行は、詩人にとって、彼女自身の混沌に射す一筋の光のようなものだ。

 詩人のなかにはさまざまなイメージが「脈絡もなく」やってくる。風の、小鳥の、修行僧の、ホルスタインの、……イメージが。詩人はそのイメージを「選別」し、「喩の荷を負わせ」=比喩の役割を負わせて、「整列」させる。それはさながら「牧人」のようであり、「労役」である。選別し、比喩の役割を負わせて、整列させる詩のことばは、彼女にとっての光なのである。だから詩を書くことは、混沌に、「わたくしの中の混沌」に、光を与えることに等しい。詩を書くことは彼女にとって、そういうものだった。

 新川氏の詩によって、わたしの中の混沌にも、すこしだけ、光が射したような気がする。