舟橋純の控え帖

まずノートだ、そこに見たもの、思ったことのすべてを書き入れる。そののちに分類して秩序づけ書き写せばいい。思考の簿記であって、そうすれば物事の関連性と、そこから生じる解明とが、きちんとした表現を見るだろう。(『リヒテンベルク先生の控え帖』より)。そういうブログです。

2025-04-01から1ヶ月間の記事一覧

夕暮れ時の空へ帰りたい/疲れて、手をつないで ――『詩集 野笑』(小池昌代)読書録

『コルカタ』に続けて、次は『詩集 野笑』(小池昌代、澪標)を読んだ。タイトルの「野笑」は「のえみ」と読む。『コルカタ』については以下の記事に書いた。 junjacques.hateblo.jp いつも通り印象に残った詩をいくつか取り上げてみよう。まずは「丘」とい…

表記、この厄介なもの ――私の日本語史(第五回)

前回は、山口仲美『日本語の歴史』(岩波新書)を引きながら、漢字を導入し始めた日本人が苦労しつつも、文章を書く方法を手に入れていったことを確認しました。確認したかったのは、日本語を書き表すことの難しさです。 junjacques.hateblo.jp 日本語を書き…

漢字導入の幸不幸 ――私の日本語史(第四回)

前回の記事では加藤徹『漢文の素養』の一節を引きつつ、やまとことばの中にも中国語由来の言葉があることをお話ししました。中国語の、日本語への影響がどれだけ大きいかの一例として、そんなお話をいたしました。 junjacques.hateblo.jp 今回は日本語の表記…

やまとことばの脱構築 ――私の日本語史(第三回)

前回の記事では、山口仲美氏の見解を引きつつ、中国語は日本語の起源ではない、私は南方系のオーストロネシア語族と北方系のアルタイ語の系統が融合した言語である日本語を受け継いでいるのだ、というお話をしました。 junjacques.hateblo.jp 中国語は日本語…

二つの言語系統の融合 ――私の日本語史(第二回)

前回の記事では、私が両親から「せからしい」という言葉を受け継いだこと、そこから、両親の方言であるこの言葉を超えて、太古の日本人から日本語を受け継いでいることまで書きました。 junjacques.hateblo.jp さて、太古の日本人から日本語を受け継いでいる…

受け継ぎ忘れのないように ――私の日本語史(第一回)

せからしい、という言葉をご存じでしょうか? ネットの辞書なんかにあたると、「うるさい」なんていう語義が出てくると思いますが、私が父や母から受け継いだ使い方で言いますと、これはちょっと違います。近いのですが、言葉の使い方が全然違うので、ふたつ…

このブログの使い方 ――自己紹介に代えて

ある本を読んで考えたことを記事にしようとしたとき、その当の本を、読者の方がすでに読んでいるということは、正直、そうそうあることではないと思います。読んでいないことのほうがほとんどなのが実情でしょう。それでぜんぜんかまいませんし、そのつもり…

川底に沈みゆくもの ――『コルカタ』(小池昌代)読書録

以前、小池昌代の『屋上への誘惑』(光文社文庫)について書いたときに、以下の文章を引用した。 junjacques.hateblo.jp さて、そのようにして書いている途中で、普段見えなかったものを発見したような気持ちになることがある。発見というからには、もともと…

わたしなりのクルーズ ――『デッドライン』(千葉雅也)読書録

『アメリカ紀行』を取り上げた記事で、大学時代から千葉雅也の本を読んでいた、と書いた。 junjacques.hateblo.jp その大学時代、彼のトークイベントに行ってみたことがある。なににひっかけて行ったイベントだったのか、彼がどんなことを語ったのか、さすが…

二人の読書会へ ――『人文的、あまりに人文的』(山本貴光・吉川浩満)読書録

本を読むのは好きだけれども、読書会には参加したことがない。興味がないわけではないけれども、「この読書会に参加したい!」と思ったことがないのだ。いろんなところで読書会は開催されているけれども、そして興味がないわけでもないけれども、わたしを参…